昭和恐慌の実態、その発生過程 -経済の基礎知識入門

アイアイとゆっくりの経済講座 ~日本の大恐慌~」より、戦前に起きた昭和恐慌の発生過程について紹介したいと思います。経済の基礎知識を身につけたい人はぜひ一読ください。

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昭和恐慌とは?

昭和恐慌は、1929年秋にアメリカ合衆国で起き、世界中を巻き込んでいった世界恐慌の影響が日本にもおよび、1930年(昭和5年)から翌1931年(昭和6年)にかけて日本経済を危機的な状況に陥れた、戦前の日本における最も深刻な恐慌。(Wikipedia)

なぜ昭和恐慌が発生したのか?

昭和恐慌の発生の原因を探ると、「金本位制」というキーワードに行き着きます。金本位制とは、保有する金の量によって発行する通貨量が制限される制度のことを言います。現在ではもちろん、通貨の発行量は通貨当局が管理する管理通貨制度になっています。しかし、当時は金本位制でした。

第一次世界大戦の勃発により世界各国は世界各国は多額の軍事支出が必要となり、各国は金本位制の維持ができず、大戦期間中に金を海外に輸出することができなくなり、大戦期間中に金を輸出することを禁止し、金本位制は事実上停止されることになります。

しかし、この金本位制の停止は、大戦期間中の一時的な措置という位置づけで、やがては金の輸出を各国が解禁し、金本位制に復帰していきます。

一方、日本は中国での権益争いや関東大震災の復興のため多額の支出が必要になり、金輸出の解禁に出遅れてしまうのです。1928年時点で、先進国では日本のみが金解禁を行えていない状況でした。各国は日本に金解禁するようにプレッシャーをかけてきます。

1929年に浜口雄幸内閣が金解禁の断行を公約のもと発足します。時の蔵相井上準之助はこのとき、旧平価、すなわち日本が金輸出禁止する以前の交換レートで、金解禁することを目指してしまいます。この当時の為替レートは100円=46.5ドル前後で井上蔵相は、100円=49.85ドルという金禁輸前の旧平価での解禁をおこなったため、実質的には円の切り上げでした。

井上は、旧平価での復帰のため、井上蔵相は予算5%削減、公務員給与10%削減、金融の引き締めなどのデフレ政策を行います。デフレになると円の価値が高まり、円高になるからです。

しかし、このような緊縮財政の結果、日本経済は金解禁を行った1930年には国内卸売物価が7%も下落する強烈なデフレに陥りました。アメリカでの株価大暴落を発端とする世界大恐慌が同時発生し、円高政策が裏目に出たのです。輸出産業は円高により大不振に、金は大量に海外に流出しました。また、都市部では失業者があふれ、農村では餓死者が出たり、娘の身売りが横行してしまったのです。これが戦前最大の恐慌である昭和恐慌の実態です。


いかがだったでしょうか?昭和恐慌の発生過程は大まかにはこのように説明できます。

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