映像制作にはなぜセンスが必要なのか?教えにくいアレが原因

スタジオ・ジブリで働く宮崎駿さん以外の監督は、間違いなく宮崎駿さんと比較されてしまいます。

「ゲド戦記」「コクリコ坂から」などを手がけた息子の宮崎吾朗さんも例に漏れず、
というか息子だからこそ父親と比較されてしまいますよね。
そのような比較がなされると、決まって
「やはり宮崎駿とは違うな。センスがないんだろうな。」
などという意見が出てきます。
先入観による部分もあるとは思いますが、やはり映像制作には持って生まれた感覚、
センスが問われることがよくあります。
では、映像制作におけるセンスとは具体的になんなのでしょうか?
やはり凡人には習得できないものなんでしょうか……?

マンガの絵はセンスと関係がない!?

同じくセンスが問われるとよく言われる、マンガの世界。
しかし、絵のうまさに関しては、あまりセンスとは関係がない
「Dr.スランプ アラレちゃん」や「ドラゴンボール」の鳥山明先生を発掘した
少年ジャンプの編集者 鳥嶋和彦さんは言っています。
鳥嶋さんはマンガ家に必要なことは、絵のうまさではなく、

  • 国語力
  • 色々な性格を描けるようになるための人間観察力
  • 体力

だそうです。
そして絵のうまさについては、描けば描くほどうまくなるので、
そこまで心配することはないのだそうです。

映像のセンスとは「間」である

映像にセンスが問われるのは「間」の重要性が高いからです。
適切な間がある時とない時では、他の内容が全く同じだとしても受ける印象が全く違います。
映像だけではなく、話術で人を楽しませる漫才でも
適切な間があるかないかで、笑いの量が圧倒的に違うでしょう。
ただ人と対面して話すだけでも、この「間」というものは非常に大事になってきます。
それを痛感する瞬間、あるんじゃないでしょうか?
映像のセンスだけではない、あらゆることで「間」は重要なファクターとなっているんですね。

習得しにくい「間」のとらえ方

何より厄介なのは、この「間」は言語化しにくいのです。
言語化しにくいということは教えにくい、そして学んでいる方も習得できたのかどうかよく分からないということです。
そのため、どうしてもセンス、才能という形で持て囃されてしまうのでしょう。
とはいっても「間」の感覚も習得不可能なわけではありません。
言語化しにくいものも、感覚を研ぎ澄ませて意識的に磨くことは可能なのです。
「間」の感覚がある人とは、すなわちセンスのある人。
あなたも普段の生活から「間」を感じ取ってセンスある人になってみたいと思いませんか?

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